『lemon』大ヒットの米津玄師の人物像を、アルバムや楽曲から紐解いてみた

2018年3月14日にリリースしたシングル『lemon』が大ヒットを記録し、音楽界のヒットメーカーとしての地位を確かにした米津玄師さん。『lemon』はカラオケJOYSOUNDの週間ランキング継続記録も更新し、多くの人々に歌われ、親しまれています。

そんな米津玄師さんですが、情報が少ないこともあって、その素性を知らないという人も多いのではないでしょうか。

今回は、シンガーソングライターとしての経緯や、リリースした楽曲、アルバムに焦点を当てて紹介することで、米津玄師さんの人物像を明らかにしていきたいと思います。

活動名義「ハチ」としての活動って?

米津玄師さんは2008年から「ハチ」という名義で活動を開始しています。

この頃に投稿した楽曲は30曲程度で、現在ニコニコ動画などで再生回数の伸びている作品とは異なるものだったようです。その全ては米津玄師さん本人のこだわりから、今はご自身の手によって削除されています。

その後、高校を卒業した米津玄師さんは大阪の美術専門学校に通います。この学校の在学中にまた「ハチ」としての活動を再開し、ここで「アイネクライネ」「マトリョシカ」など、今に残る大ヒット作品を生み出しました。

どんなアルバムを出しているの?

2012年5月、1stアルバム『diorama』をリリースしました。このアルバムでは、VOCALOID音楽界で成功した「ハチ」という人間からの変化を図り、全曲、自身で作詞作曲した音楽を自身の声で歌い上げています。初ライブや新曲『ドーナツホール』のニコニコ動画投稿を挟んで、2014年4月、2ndアルバム『YANKEE』をリリースしました。

2015年10月には3rdアルバム『Bremen』、2017年11月に4thアルバム『BOOTLEG』をリリースしました。

『BOOTLEG』では、歌手のDAOKOさんや、俳優の菅田将暉さんとも楽曲コラボし、幅広い活動を始めています。

こうして見ると、それぞれのアルバムのリリースの間には一定の期間が空くので、それぞれの期間の米津玄師さんのテーマが、アルバムごとに色濃く出ることも頷けますね。

『打上花火』『灰色と青』で急にコラボを始めた?

2017年11月に4thアルバム『BOOTLEG』をリリースした米津玄師さんですが、このアルバムの中では、いくつかの楽曲で、他の人物とのコラボを取り入れるようになっています。

以前は、他者とものづくりをする事を煩わしく感じていたという米津玄師さんですが、個人で音楽や創作活動に加え、『打上花火』では、「DAOKOちゃんという女の子、繊細なニュアンスを持っていて、声に切なさを帯びている人間が歌うことによってどうなるのか」と、誰かとコラボレーションをすることに興味を持ち始めたそうです。

その後、菅田将暉さんには「この人しかいない」と、直接コラボをオファーするなど、誰かと一緒に作る音楽へ、音楽性が変化していったようです。

大ヒット曲『lemon』は何故レモンなの?

シングル『lemon』は大ヒットを記録しましたが、実はこの曲の名前はもともと、『メメント』という名前だったそうです。「メメント」とは、ラテン語のメメント・モリから来ており、意味は「自分がいつか必ず死ぬ事を忘れるな」だそうです。しかし、「直接的な表現は鼻についた」と、それではあまりにメッセージが過剰だという事になりました。

その後、「胸に残り離れない 苦いレモンの匂い」というフレーズが先に浮かんで、そこから名前がついたのだそうです。試行錯誤の結果生まれた題が『lemon』なのですね。

まとめ

いかがでしたでしょうか。こうしてまとめて見ると、孤独を抱えながら音楽と向き合って来た米津玄師さんが、近年になって少しずつ他者とのコラボレーションやライブ活動を通じて、外に開いて来たように変化を感じます。

これまでよくわからなかった米津玄師さんの人物像が、この記事によって少しでも浮き上がれば幸いです。米津玄師さんが、これからどんな楽曲を世に出していくのか、楽しみですね。

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